2010/12/21

人工股関節の素材~ポリエチレンか金属か~


膝の痛みや股関節の痛みで苦しんでいる高齢者は多い。痛いもんだから、外出する機会も減る。刺激を受ける機会が減るからだろうか、気力も体力もどんどん衰えていってしまう。

変形性関節症や関節リウマチといった病気では関節の破壊が進行し、それによる痛みが発生する。

これらの治療において、もちろん自分の骨を温存できるのが一番なのだが、病勢が強くてそうも行かない場合がある。

そんな時に最後の手段としていい治療法がある。それが人工関節だ。これを行った患者さんたちの多くはとても満足して退院していく。


いい治療法なのだが、まだ未解決の問題がある。

3つ挙げると、

  1. 感染
  2. 人工関節のゆるみ(耐久性の問題)
  3. 脱臼
である。

今日は2,3に関して最近関連した論文に目を通したのでここに書いておく。


人工股関節では素材に関して、しゅう動面に金属とポリエチレンを使った場合、金属と金属を使った場合の2通りの選択肢がある。

poly.jpg
金属と金属の間にある白い素材がポリエチレン。


metal.jpg
こちらが金属と金属で組み合わせた人工股関節。


どちらがいいか結論は出ていないが、臨床の現場での多数派はまだ金属とポリエチレンを使った方である。


金属と金属を使った人工関節は最近

  1. 脱臼を減らす
  2. 摩耗を減らす 
という点で注目されている。

脱臼を減らすためにはHeadという部分が大きい方がいいのだが、そうすると、金属の摩耗が増えてしまうのではないかと危惧されている(ジレンマ)。金属がイオンとして血中に入り込み、人体に害を加えるのではないかとということだ。

それに対して、以下の論文はそうでもないから大丈夫と主張している。

SpringerLink - Clinical Orthopaedics and Related Research®, Online First™


次の論文は、脱臼も少なく、摩耗も少なければ人工関節としては耐久性に優れているはずだから、やむを得ず若い人に行う場合にいい素材になるのでは?と主張している。

Metal-on-Metal Hip Arthroplasty in Patients Thirty Years of Age or Younger -- Girard et al. 92 (14): 2419 -- Journal of Bone and Joint Surgery



まだまだ結論は出ませんが、人工関節の素材についてはこれからも研究が続けられていくものと思います。

2010/12/07

圧迫骨折の治療


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腰椎や胸椎の圧迫骨折は日常的によく見かける骨折だ。

特に多いのが高齢者の圧迫骨折。若い人でもものすごい勢いで尻餅をついた時などは椎体がつぶれて骨折してしまうことがある。

今日の外来診療でも圧迫骨折の患者さんを3人診た。午前中だけの外来でも、そんな患者さんを診ずにすむことはほとんどない。

圧迫骨折の治療で最も問題となるのは痛みの治療だ。折れるとものすごく痛い。痛くて身動きがとれないほど。

痛みの治療にはだいたい飲み薬や貼り薬の痛み止めを使う。他にはエルシトニンという筋肉注射も使っているかもしれない。これも圧迫骨折の痛みに効く。

ただ、これらの薬を使ってもなかなか痛みがよくならないことも多い。

そこで直接骨折した椎体になんらかの介入を行って痛みをよくしようという試みがなされている。


Osteoporotic vertebral compression fractures with an intravertebral cleft treated by percutaneous balloon kyphoplasty -- Wang et al. 92-B (11): 1553 -- Journal of Bone and Joint Surgery - British Volume

この論文では折れた椎体を風船でふくらませ、セメントを入れている。

痛みやADLの面で有効だったそうだ。

合併症はセメントの大静脈内への漏れや椎間板内への漏れなど。

合併症が起きたら大変だけど、痛みがよくなるならいい方法なのかもしれない。


椎体に直接治療を施すという方法は以前からも試みられていて、NEJMでは


A Randomized Trial of Vertebroplasty for Painful Osteoporotic Vertebral Fractures ― NEJM

という論文が発表されている。

こちらの論文では何もやらなかった群と大差はないとされている。


まだまだ結論の出ていない治療法ではありますが、もしかしたら一般に普及してくる方法なのではないかと期待しています。

2010/11/16

コンドロイチン、グルコサミンの効果 論文(NEJM)から


新聞を読んでいると、コンドロイチンやグルコサミンのサプリの宣伝をよく見かけます。

”関節痛をなくして、痛みのない快適な生活を”という内容のものです。

若い人は興味がわかないかもしれませんが、高齢者にとって関節に痛みがあるということはとても大きな問題です。

高齢者の膝痛は変形性膝関節症に由来するものが多く、町中で見かける高齢者のO(オー)脚はほとんどコレです。

膝の軟骨がすり減って、さらには骨の変形をきたすものだ。一種の老化とも考えられます。だから、若い頃のような膝に戻して欲しいと言っても、それは難しいのです。

なので通常、治療は 貼り薬飲み薬などの鎮痛薬を用いたり、運動療法などの理学療法を用います。理学療法というのはリハビリのことですが、リハビリの効果はあなどれません。なかなか患者さん自身に指導しても長続きしないということが多いのですが。。

それでもダメな人は膝関節の中にヒアルロン酸の注射をします。

それでもダメなら人工膝関節などの手術の適応となります。人工関節の手術は昔と比べてだいぶ進歩しており、比較的安全にいい長期成績を残せるようになってきています。

しかしながら、誰しも初めから手術を望む人などいません。医師もできれば手術をせずに治せればいいと思っています。


そこで、軟骨がすり減るんだったら、それを作るような物質を摂取すればいいのではないか?という発想に至ります。

軟骨を構成する成分にコンドロイチンやグルコサミンなどがあるので、これをターゲットにしてみてはどうか?と。

たしかにコンドロイチンやグルコサミンを摂取することで軟骨が復活するようなことがあればいいのでしょうが、実際のところどうなのでしょう。

現在市販されているサプリはこの点に注目しているわけですね。


しばらく前の論文ですが、NEJMというメジャーな論文でそのことについて検討されていましたので紹介しておきます。


Glucosamine, Chondroitin Sulfate, and the Two in Combination for Painful Knee Osteoarthritis ― NEJM

この論文が示しているのは、コンドロイチンやグルコサミンは内服しても、明らかな効果を認めなかったということ。有意差をもって効果が証明されてはいません。

結論のところでさらなる研究の継続が必要ということが付記してありますが、絶対効きますということは決して言えないということです。

「痛みに対しては効果があるかもしれないし、内服しても大した副作用はないから、飲みたい人は飲んでみればいいかもしれない。」という程度です。


それなのに、サプリの売り手があたかも根本的な治療になるかのような誇大広告を打つのはどうなんでしょうかね。

あれを見たら、消費者はとてもよく効くと思ってしまいますよ。僕のまわりにもそう思っている人がたくさんいて、よく相談されます。

新聞などで一面を使って広告が掲載されているのを見て、そう感じた次第です。


グルコサミン - Wikipedia

コンドロイチン硫酸 - Wikipedia

軟骨 - Wikipedia


2010/10/07

高齢者の骨折と死亡率


femur1.pngなんとなく感覚としてはそうなんだろうなと思っていたのですが、それを論文としてまとめているものがあったのでご紹介。

骨折はあまり死なない病気なんてことがよく思われているのですが、高齢者の骨折はちょっと違います。それ自体が身体の衰えを表しているのでしょう。骨折を契機に具合が悪くなって死亡につながるなんてことがよくあります。

以前に大腿骨頚部骨折で、手術介入の時期による死亡率の差、なんて論文(Early mortality after hip fracture: is delay before surgery important? Moran CG, Wenn RT, Sikand M, Taylor AM. J Bone Joint Surg Am. 2005 Mar;87(3):483-9.)を見かけましたが、今回は大腿骨遠位の骨折でした。大腿骨遠位というのは大腿骨の中でも膝に近いところのことを指します。

Clin Orthop Relat Res. 2010 Sep 10.
Mortality After Distal Femur Fractures in Elderly Patients.
Streubel PN, Ricci WM, Wong A, Gardner MJ.

60歳以上の患者92人、1999年から2009年までのデータに基づいています。

この論文によれば、大腿骨遠位の骨折では頚部骨折と同様、手術の遅延(4日以上たってからの手術)は6ヶ月後死亡率、1年後死亡率に悪影響を与える、というのが結論です。

48時間以内に手術を行った場合の6ヶ月後死亡率は5%、1年後死亡率は6%。それに対して4日以上たってから手術を行った場合は6ヶ月後死亡率が35%、1年後死亡率が47%だそうです。



手術が必要な患者にはさっさと手術をするのが一番です。それは整形外科医なら誰でも分かっていることだと思います。

しかしながら、実際の臨床の現場では手術枠の確保とか、麻酔科との兼ね合いとか、なかなか一筋縄ではいかないハードルが立ちはだかります。

科をあげて、手術室、病院をあげて考えていかなければいけない問題なのです。


2010/09/21

自分で治せる!腰痛改善マニュアル



自分で治せる! 腰痛改善マニュアル
腰痛は8割の人が一生涯のうちに経験することがあるものです。また、腰痛の8割がはっきりとした原因がわかりません。

私が実際に臨床をやっていてもこれらの数字は妥当かなと感じます。

腰椎すべり症とか、椎間板ヘルニアとか、腫瘍性病変とか明らかな異常があれば別ですが、異常が指摘できないことの方が多いのです。

腰痛で病院を受診したことがある人はわかるかもしれませんが、病院を受診しても「骨の変形があるから」とか、「レントゲンでは明らかな異常がないので筋肉や筋膜の炎症でしょうね」と言われて消炎鎮痛薬を処方されることが多いと思います。

原因がはっきりしない腰痛が多いわけですから、その症状に合わせた治療をするしかありません。

人間の体はよくできているもので、痛みの治療をしていると、原因を治療したわけではないのに病状がよくなるということがよくあります。

原因がわからないことが多い、腰痛ですが、原因の一つに姿勢の異常が大きく関わっているという説があります。

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この図に示されるとおり、脊椎にはカーブがついています。ちょうど腰椎のあたりでは前弯といって、お腹の方に向かってカーブが形成されています。

「原因のわからない腰痛」の原因はこの脊椎の形が崩れようとしていることにあるのではないかというのです。腰椎のお腹の方に向かうカーブが大事、ということです。

そういう観点から、姿勢をよくする、脊椎をいい形にするというところに腰痛治療の鍵がありそうです。

実際にロビン・マッケンジー(The McKenzie Institute - Welcome to the McKenzie Institute International)という人物は腰痛に対して独自のエクササイズを用い、たくさんの患者を治療してきたそうです。

独自のエクササイズといっても、そう難しいことではありません。マッケンジー法のコンセプトが”腰痛は自分で治す”というものですから、自宅でも十分できそうなものになっています。

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腰痛の急性期は安静にする、というのが常識でしたが、このように背屈することで急性期から腰痛が改善することがあるそうです。
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これらは本書に掲載されているエクササイズの例です。

私は腰痛治療にあたる者として、もどかしい場面もよく経験するので、このエクササイズは取り入れてもいいなと感じました。

上の写真はエクササイズの一部で全てを掲載することはできませんが、腰痛で苦しんでいる方、試しに本書を参考にエクササイズしてみてはいかがでしょうか。


自分で治せる! 腰痛改善マニュアル自分で治せる! 腰痛改善マニュアル
(2009/08/28)
ロビン・マッケンジー

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2010/08/20

虐待と骨折


先日は若いシングルマザーによる、ネグレクトによる子供の虐待死が話題になっていました。

僕が専門にしている整形外科も子供の虐待とは無縁ではありません。

虐待による骨折という場合もあるからです。

骨折した子供が救急外来を受診したとき、どうして骨折したのか状況を尋ねます。いつもの問診です。小さな子供になると、自分で状況を説明することはできませんから、必然的に母親もしくは父親に状況を尋ねます。

交通事故とか、遊んでいてジャングルジムから落ちたとか、はっきりとした原因があれば虐待を想起することはありません。

しかし、なかには「気づいたら子どもが泣いていて、足が腫れていたので連れてきた。」などと曖昧なことを話す親もいます。

これだけの骨折をしているのに、”気づいたら”ってことはないだろう、という場合は小児科の先生も登場して虐待が背景にないか調べたりするのです。

ただ、骨折した本人はもの言えぬ子供です。なかなか真相究明につながらないことも多いのです。


骨折の部位とか形態によって、虐待が証明できれば、それ以上の虐待を防止することができるかもしれません。

この前見かけた論文で、骨折の部位と、虐待である可能性について触れられていました。


The Radiographic Approach to Child Abuse. [Clin Orthop Relat Res. 2010] - PubMed result

高い特異度で虐待の疑い
骨幹端の角の骨折、後内側の肋骨骨折、胸骨骨折、肩甲骨骨折、棘突起骨折

中等度の特異度で虐待の疑い
多発骨折、骨端離開

低い特異度で虐待の疑い
長管骨の骨折、鎖骨骨折

だそうです。

大腿骨骨幹部骨折などは時々見かけるのですが、虐待くさくないということなのですね。意外でした。

体の中心に近いところの骨折が虐待くさいというなんですね。

2010/07/24

【Lancet】これからの痛み止め薬


痛み止めにはさまざまな種類があります。全国の日本の病院で使われている、代表的なものはロキソニンやボルタレンでしょう。

それに対して比較的最近発売された痛み止めにセレコックスというものがあります。これは選択的COX2阻害薬といって、ロキソニンやボルタレンでしばしば問題になる胃・十二指腸潰瘍、腎障害のリスクを減らせる鎮痛薬です。

今まではハイペンというCOX2阻害薬がありましたが、痛み止めとして切れ味が悪いのであまり使われませんでした。それに対して最近発売されたセレコックスは痛み止めとしての効果も高く、より選択的にCOX2を阻害して副作用を抑えることができると言われています。

ロキソニンやボルタレンはその副作用が広く知られていますので、それらと一緒に胃薬を処方されるのが普通です。そこまでしてロキソニンやボルタレンに多くの医者がこだわっているのは、やはりその効き目からだと思います。両者とも切れ味の鋭いいい薬なのです。

実際には僕も臨床ではロキソニンばかり使っています。


Celecoxib versus omeprazole and diclofenac in pati... [Lancet. 2010]

この論文には、これから痛み止めを処方する時はいつものロキソニンをやめてセレコックスにしようかと思わせる結果が載っています。

32カ国、196施設で変形性関節症や関節リウマチなど関節痛のある患者に対して、6ヶ月間にわたる二重盲検、無作為化試験を行っています。一方の患者にはセレコックス200mgを1日2回、もう一方の患者にはボルタレン徐放剤75mgを1日2回、それに加えて副作用対策でオメプラゾール20mg(いろいろある胃薬の中で一番強力)を1日1回投与しています。


その結果、胃十二指腸における副作用はセレコックス群において有意に低かったそうです。


痛み止めをたくさん処方する立場としては、なるべく副作用が少なくて、効く薬を処方したいと思っています。そう考えると、この論文は朗報に見えます。

ただし、セレコックス200mg1日2回と、ボルタレン徐放剤75mg1日2回が同等の鎮痛効果だとしてなのですが。。

まずはセレコックスの効果を確認する必要がありますので、この論文と同じ量の200mg1日2回を処方してみたいと思います。


ちなみに、ボルタレン徐放剤は日本では1錠32.5mg、1日2回の使用とされています。それなら70mgを1日2回も使えば、いくらPPIを併用していても胃十二指腸潰瘍が起きるの当たり前なのでは?という意見もあると思います。


2010/06/13

未来の医療「医療クラウド」


ソフトバンクの孫社長が未来の医療の形をシンポジウムで語っていました。


驚きました。私自身が「未来の医療はきっとこうなる」と思っていたこととぴったりでした。医療クラウドというものです。

詳しくは一度USTREAMのこの動画を観てみてください。



1. 病院間でひとりの患者情報を共有すること
患者情報はどの病院でも参照できるようにしたほうがいい。その方が無駄な検査は減るし、これまで病院ごとに患者情報を収集していた労力、人的、物的コストが減る。


2. 遠隔地医療の充実
画像検査など、読影を依頼したくても放射線科医がいないとき。そんな時すごく役立つと思う。画像を転送して読影してもらって、そのコメントをもらえばいいわけだ。医療クラウドならそれが可能だろう。
もちろん在宅医療にも役立つだろうことは言うまでもない。


3. 手術支援
たとえばUSTREAMとかを利用して動画を見ながら、それに対して「ここはこうしろ、ああしろ」などの指示を出す。USTREAMの画質がもう少しよくなればそれが可能だと思う。

4. ipadに電子カルテの機能を持たせれば最強
とかく医師の指示がないと動かないのが病院業務。その場にいなくても、指示だけあればいいといったとき、ipadを使ってオーダーを出せれば便利。また、どこでもカルテを書けるというのも便利だ。医療クラウドとipadの組み合わせは最強になるんじゃないか。


そんなわけで医療クラウドと、それを実現しようとしている孫社長、ソフトバンクに期待大です。応援したいと思います。

2010/05/16

ムンテラ はコミュニケーションだ


どんな人に対してでも、語りかけるときには気をつけておいた方がよさそう。

コミュニケーションは受け手の言葉を使わなければ成立しない。
人の心は、期待していないものを知覚することに対し抵抗する。また、期待するものを知覚できないことに対し抵抗する。

というのは、P・F・ドラッカーの言葉です。そのとおりだと思います。


医師の患者に対する病状説明は"ムンテラ"なんて呼ばれますが、上の言葉はそのままムンテラにあてはまります。

どんなに医師が熱心に合併症とかリスクの話をしても、患者はほとんど覚えていないというのはよく経験することです。

受け手である患者が分かる言葉を使って説明するというのも大切ですから、患者にわかるような言葉を選ぶように気をつけます。

ですが、その条件をクリアーしてもなお、患者にとって都合の悪いことは右から左へ聞き流されていることがあります。


後から言った言わないの議論になるのを恐れるため、医師が用意する患者説明用紙には合併症のことについて多くが割かれています。治療そのものの説明よりも文量は多いかもしれません。

誰でも都合の悪いことには耳を塞ぎたくなるものですよね。ある程度仕方のないことだとは思います。

それでもなんとか少しでもわかってもらえるように、リスクのことについてはきちんと説明するようにしています。


【関連記事】


2010/04/05

守りの医療 - ディフェンシブ・メディシン




この話は外科医が治療(手術)に伴なうリスク、合併症のことについて患者さんに説明したところ、患者さんは合併症のことを重く考え、代替医療に走ってしまったというもの。

それに対して外科医は

確かに手術は人間が行うものなので絶対ではない。患者さんの立場なら、手術への不安から安全な治療、誤った療法を選んでしまうこともあるだろう。だが、患者さんはともかく、医療従事者だけは、不安な思いに対して“安全第一”が取り憑いた判断をしてはいけないと思う。
と自省している。


患者には安心を提供しなくてはいけない、という意味では同感。

「私にまかせておけば大丈夫。必ず治します。」

なんてかっこいいことを言ってあげたいなぁと思う。



でも、この外科医のとった言動は決して間違ったものではないとも思う。手術の説明ともなると、説明時間の半分以上を手術に伴なう合併症に費やしていたりするのが現実。

実際の臨床では理解してもらえるように、平易な言葉で患者さんに分かるように説明するよう心がける。すると患者さんは、うんうん頷きながら、「分かりました。」と言いながら聞いている。

しかし、どこまで話を理解しているのか怪しいところがあるのは確か。自分にとって不都合なことは頭の中に入ってこないというのは誰でもそう。患者さんと対面しているとよく分かる。

にもかかわらず、ほとんど起こらないけど、起きるかもしれないことの説明に時間を費やしている。保険会社みたいに紙を渡して、あとは自分で読んでください、なんて形式にしたらどうだろう。いい話だけ聞いてればいいから、患者さんも気が楽に違いない。



これはほんの一例だが、そのような過剰に防御的になる医療をディフェンシブ・メディシンというのだそう。

救急外来にきた患者で「胸が痛い」と言ったらほぼ全員に造影CTをやるとか、頭をぶつけたかもしれなかったら全員頭部CTとか。

こういうのもディフェンシブ・メディシン。なんでもかんでも検査しておけば、後で”何か”起きた時に役立つかもしれない。でも医療費はこうしてどんどんあがるわけだ。


実際にアメリカを例にとると、ディフェンシブ・メディシンの弊害は

ディフェンシブ・メディシンによる無駄な医療がどれだけ医療費を押し上げているかについてもいくつかの研究があるが、医療過誤の賠償金に上限を設けるなどの法的対策を講じていない州では、そのような法的対策を講じている州と比較して、医療費総額の5-10%が余計に消費されているのではないかと推計されている。
市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗には書かれている。

医療過誤に対して設ける法的対策というのはおもしろい。


すでに日本でもディフェンシブ・メディシンははびこっているけど、医療費が増え続ける原因の一つに増え続ける医療訴訟というのもあるのかもしれませんね。


市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗
(2004/10)
李 啓充

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2010/04/01

「市場原理が医療を亡ぼす」


深刻な医療格差を引き起こしているアメリカ。その原因には医療に市場原理が導入されていることがあるという。

利益を極端に重視した医療を行うとどうなるか予想するうえで参考になる一冊。


市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗
市場原理の導入が医療にもたらすもの、それは

  • 弱者の排除
  • 負担の逆進性
  • バンパイア効果
  • 市場原理のもとで価格が下がる保証がない
  • 質が損なわれる危険
である。


弱者の排除


市場原理のもとでは、購買力の乏しい人々が医療へのアクセスから排除される。特に、高齢者や低所得者。
アメリカには高齢者向けのメディケアや低所得者向けのメディケイドがあり、これらは税金でまかなわれている。まったく保険に加入できていない人は15%もいる(医療経営学 - メタノート)。(現在、オバマ大統領が医療保険改革を行い、無保険者をなくそうとしています。)

ところがメディケイドに加入していても、受けられる治療のレベルは民間保険会社のそれとは違う。メディケイドが税金で運用されているのに対して、民間の保険会社は被保険者からお金をたくさん集めることができるからだ。民間の方がいろいろな検査や治療ができる。

まして、市場原理のもとでは全く保険に加入していない人など病院から相手にされない。



負担の逆進性


貧乏で病気を数多く持っている人ほど保険料が高くなって、病院にはかかれなくなる。

企業を通じて団体割引で保険に加入している人は、大口顧客として割引価格で医療サービスを購入できるが、無保険者は定価で購入しなければならないとか。

これがまさに今のアメリカの保険制度だ。お金を持っていない人は必要な医療が受けられない。



バンパイア効果


地域にサービスの質を落としてでも価格を下げてマージンを追求する病院が出てきたらどうなるか。吸血鬼に噛まれたかのように、それまでサービスの質を追求していた良心的な病院が悪質な病院に変化していくのである。

経営状態は売上とか数字で評価できるものにしか現れないから、良心的であっても数字を良くするためにサービスの質を落とさざるをえないということ。



市場原理のもとで価格が下がる保証がない



価格がどちらにふれるかは、売り手と買い手の力関係で決まり、実際、医療をずっと市場原理に委ねてきた米国では、70-80年代は毎年10%を超える医療費上昇が続いた。

普通の市場だと需要と供給の最もバランスのとれたところで、価格も落ち着くのだろうが、医療の場合はちょっと違う。

例えば、医薬品は先行薬品に対して期間限定の特許が与えられている。ある期間は特定の製薬会社でしかその薬を作ることができないので、買い手に対して有利な立場にあると言える。要は製薬会社の言い値が売り値になるということ。



質が損なわれる危険


利益を上げるためには売上を増やすか、支出を減らすしかない。

例えば、患者あたりの看護師数を減らすことができれば、かかる人件費は少なくなるので病院の利益は増える。ところがそれでは患者満足度は下がる。ちなみに、看護師の受け持ち患者数が増えるほど、患者の死亡率が上がるというのは2002年のJAMAの論文で示されている。

それに利幅の大きい不要な検査や治療が横行する可能性もある。なんだかんだ理由をつけてレセプト審査の目をかいくぐることは不可能じゃないと思う。



市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗
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李 啓充

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本書を読むと、医療制度に関してはアメリカよりも日本の方が弱者に優しいということがよくわかります。

お金をたくさん持っている人にとってはアメリカの方がいいのかなぁ。日本だと、名医と呼ばれる人に診てもらっても、そうでない人に診てもらっても、同じ料金です。その点アメリカでは違います。人気の医師はすごいお金を稼いでいる。まあ、名医の定義については議論の余地がありますが。。マスコミによく出る有名な医者が名医とは限りませんよ。

2010/03/24

体内金属インプラント 抜釘(ばってい)は必要か



以前に書いた手首の骨折(橈骨遠位端骨折) 最近の知見 - メタノートのエントリにコメントをいただきました。コメント主の方は手首を骨折してロッキングプレート固定により治療されたとのことです。その後、抜釘(体内に入れた金属を抜去すること)をするべきかどうか悩んでおられました。

最近ちょうどその抜釘に関する論文を読んだことと、日常診療で経験していることを合わせて書いてみようと思います。


参考:Hardware removal: indications and expectations. [J Am Acad Orthop Surg. 2006]


抜釘が必要だというもっともらしい理由


痛みの原因となる
スクリューが皮膚に触れるぐらい浅い位置にあったりすると、それが痛みの原因になったりします。原因がはっきりしていれば、それをとってあげることで痛みの症状はよくなるはずです。

しかし、骨は癒合しているのにどういうわけか痛みを訴える場合があります。こういう症例はむやみに抜釘をしない方がいいかもしれません。
というのも、抜釘をしても完全に痛みがとれたのは5割だとか3割で、それ以外は多かれ少なかれ症状が残ったというデータがあるからです。


医療者側としては、こういうデータを踏まえて抜釘する場合には痛みが残存するかもしれないということを十分患者さんに説明しておく必要があるでしょう。


発癌性がある
動物実験レベルで金属イオンがDNAに結合してタンパク質の合成を変化させてしまうとか言われてるみたいです。実際にはインプラントの発癌性については一致した見解がありません。証拠がないということです。

この論文では発癌性のリスクはあったとしてもとても小さいため、これを理由に常にインプラントを抜去する必要はないとしています。


金属探知機にひっかかる
これは仕方がないです。飛行機に乗る時に、手荷物検査で係の人に呼び止められてしまう。現在の金属探知機では、体内金属を検出してしまうことは少ないそうですが、どうでしょう。呼び止められることもあるのではないかと思います。そういう時のために、レントゲン写真のコピーを持ち歩くとか、主治医に診断書を作ってもらうように頼んでみるとかするといいと思います。



抜釘を行った時のリスク


再骨折の危険性
これはあるでしょう。金属を抜いたら、その直後は骨の中に空洞ができているわけですからね。例えば、スクリューが入っていたような場所はストレスが集中して折れやすいそうです。もちろん、骨が十分できていないうちに抜釘してしまっても折れてしまう可能性はあります。だから抜釘する時期としては手術後1年というのが一般的です。

金属を抜いた後も4ヶ月くらいは激しい運動を避けて、再骨折に注意する必要があるとも述べられています。

日本の病院だと抜釘したら1ヶ月もしないうちに、「あとはご自由に」的な対応をされるかもしれません。再骨折のことを考えると、十分用心した方がいいです。


手術そのものの危険性
抜釘とは言ってもそれは手術ですからね。それに伴なうリスクというのも生じてきます。例えば、血管や神経の損傷、傷の問題等です。抜釘に伴って3%の症例になんらかの合併症が生じたという報告もあります。

逆にインプラントを抜かなかった場合ですが、インプラントを入れておいたからといって、インプラント周囲の骨折を誘発するというデータはほとんどありません。十分な骨癒合が得られていれば、強度としては完全になるということです。激しいスポーツをしてもOKです。



小児の場合


大人と同様の理由で、ルーチンには抜釘することはありません。

日本だと子供だからという理由だけで抜釘している施設もあるかもしれない。




この論文はアメリカのものですが、以上を踏まえた上での結論としては、「ルーチンに抜釘をする必要はない」です。

ただ、日本ではそうは言っても、金属が何か問題を起こしたら嫌だという心理もあり、抜釘を行うことが多いと思います。

日本では抜釘に対してきちんと診療報酬が定められていますし、保険会社もこれに対してお金を給付します。アメリカは保険会社のチェックが厳しいですから、絶対には必要でない抜釘に保険会社がお金を払ってくれないのかもしれません。

アメリカの事情とかを知っている医師だと抜釘する必要ないと言うかもしれません。日本だと担当医の考え次第でやるやらないを決めているのが現状ではないかと思います。個人的には他の国では抜釘していないのに、日本では抜釘するというのもおかしな話かなと思っています。

コメント主さんの質問にあったように橈骨遠位端骨折において、ロッキングプレートを留置しておいたことでFPL(長母指屈筋腱)が断裂したという報告がありますが、多くはそういうことは起こらずに経過します。

問題ないとはいえ、体内に異物がいつまでも存在しているのは気持ちが悪いという人もいるかもしれません。気持ちはわかりますが、その場合は上に書いたような抜釘する場合のリスクも少し頭の中に入れておくといいと思います。


あ、例えばステンレス製のインプラントが入っている場合はMRIを基本的に撮れないことになっているので気を付けてください。チタンならOKです。最近のプレートとかだと、チタン製のものが多いですけど、まだまだステンレス製もなくなっていません。MRIが威力を発揮するような疾患、例えば脳梗塞とか、なんらかの基礎疾患を持っている人は主治医と相談して抜釘するかどうか決めるのがいいと思います。

抜釘を希望する人は最初の手術後、約1年がそのタイミングです。
もし抜釘の手術をうけることになっても、インプラントが抜けないリスクというのもあります(骨ができすぎていて抜けなかったり、スクリューのネジ山が壊れていたり)。担当医から術前に説明があるとは思いますが、念のため付記しておきます。



2010/03/08

「糖尿病ってこわい」が分かる画像


閲覧注意。ちょっと気持ち悪いかもです。


より。

12f1.gif

61歳の男性。15年の糖尿病歴があったそうです。

糖尿病はひどくなると、糖尿病性ニューロパチーと言って、神経が麻痺します。この患者さんもその状態だったようで、3ヶ月前から上の写真の部位に異常が出現していたのに、痛みを感じていませんでした。

普通だったら足の同じ部位に刺激が加わっていたら痛いので、それを避けるようにします。なので、ここまでなることはありません。ところが、この患者さんの場合は神経麻痺があったため、痛みを感じることができず、このような潰瘍を作ってしまいました。

幸いこの患者さんは治療の甲斐あって6週間でよくなったそうです。

それにしても糖尿病は恐ろしいですね。他にもたくさん合併症を起こします。生活習慣病の一つですが、あなどれません。

2010/02/26

インプラント・ラグ


ドラッグラグという言葉がある。

ドラッグ・ラグ - Wikipedia

ドラッグ・ラグとは、新開発の薬を患者に投入できるまでの時間差、あるいは、海外での新薬を国内承認できるまでの時間差のことである。海外との関係では、標準的に承認されている医薬品について、国内で承認されない状況が続いたり承認が遅かったりする問題と、海外で危険性が指摘されているにもかかわらず使用の継続が認められる問題をさす。


ドラッグではないけれど、同様のことが整形外科分野でも言える。

整形外科分野の一つに骨折という病態がある。骨折の手術法にはプレートで固定する場合もあれば髄内釘という器械を使う場合もあったり、金属製のワイヤーで固定する場合もある。

金属の内固定剤をインプラントと言う。このインプラント、利用できる種類が米国と日本では違うのだ。もちろん日本の方が選択肢が少ない。

例えば、右の写真のようなプレート。13508-412664f0ce2fc964.png


触ってみると分かるのだが、スネの骨は皮膚のすぐ下に存在する。ここにプレートをあてるなら、なるべく薄い方が皮膚へのダメージが少なくていい。

このダメージにより、皮膚が壊死したりなんかすると大変で、なかなか新しい皮膚ができてこなかったりする。場合によっては植皮が必要になったり。

米国で発売されているこのプレートは、骨にフィットするようにと改良されて作られたもの。これは日本では使うことができない。日本で今利用出来るのはこのプレートの一世代前のもので、かさばるタイプのもの。

もちろん使っても問題を起こさないことが多いんだけど、できればより安全に手術がしたいし、余計な合併症は作りたくない。それが患者にとっても望むところだと思う。

素材とか強度とか、安全面でクリアしなければいけない課題もあるのだと思う。だけど、米国で使用されている実績があるものがどうして日本で使えないのか。日本人と米国人は違うというのであれば、日本でスムーズに認可できるように制度を変更すべきではないのか。


そんなことを考えながら日々患者さんと向き合っています。


2010/02/15

「Wii」とか「任天堂」の名前がついた病名が世界にはある


Wii骨折、Wii炎、任天堂炎。

直訳するとこんな感じでしょうか。Wiiとか任天堂が病名の中に入ってるんですね。

内容をみてみると、Wii炎は腱鞘炎のことを、任天堂炎も腱鞘炎のことを指しているようです。



The New England Journal of Medicine という医学雑誌の最新号



という記事からです。Correspondenceです。


名前から察する通りなんですが、Wiiや任天堂のゲーム機を使って骨折や腱鞘炎を起こしたということが報告されています。



Wii Fracture(Wii骨折)


これが今回報告されているものです。

14歳の女の子がWii Fit balanceで遊んでいたらバランスを崩して転倒。足をひねりました。

wii fracture
レントゲン写真。

たしかに折れています。見えづらいですか。矢印の先に横方向に黒い線が入っています。骨折線といいます。

第5中足骨骨折ですね。Wiiやらなくても足をひねってこの骨折を起こす場合があります。日常診療ではよく見かけます。

幸いこの患者さんは手術をせずに治療できたそう。おそらくギプスで治療したんでしょうね。十分治りそうです。



Wiiitis(Wii炎)


ウィィイティスと発音するのでしょうか。読みづらい。

こちらは2007年6月にAcute WiiitisとしてNEJMに報告されています(NEJM -- Acute Wiiitis)。

このときは29歳の男性が右肩の痛みを訴えて病院を受診。調べたところ、Wiiテニスのやり過ぎによる右肩の腱鞘炎だったそうな。

本物のテニスさながらにWiiのコントローラーをぶんぶん振り回していたのでしょうか。

Wiiの場合は実際のテニスと違って、走ったりしませんよね。そうすると、体があまり疲れないからついついやり過ぎになってしまうようです。



Nintendinitis(任天堂炎)


こちらも同様にNEJMに1990年に報告されたもの。

当時流行っていた任天堂のビデオゲーム、スーパーファミコンのことでしょうか。それのやり過ぎによる親指の腱鞘炎です。


腱鞘炎というのは基本的にオーバーユース(使いすぎ)で起きるものです。

どちらの腱鞘炎もWiiをやめる、ビデオゲームをやめるという対処でよくなったそうですよ。一般の腱鞘炎と一緒です。



ことあるごとに一流医学雑誌にその名前を取り上げられて任天堂もいい迷惑かもしれませんね。それだけ普及しているということでしょうけど。

掲載されたこのCorrespondenceにはWiiが悪いなんてことはいっさい書いてありませんので誤解の内容に。

使い方によってはリハビリにも利用されているなんてことも書いてありました。要は使い方の問題ということ。

しかし、Correspondenceとはいえこうやって一流の論文に病名として登場するなんて任天堂は偉大な企業ですね。



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(2009/10/01)
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2010/01/17

感染撲滅は外科医の悲願 JBJS (American). 2010;92:232-239.


手術に関連した感染をいかにして減らすか。

繰り返しになりますが、術後に感染することほど悲惨なことはありません。前回エントリ(消毒薬のパラダイムシフト - メタノート)と近い話題ですが、整形外科のメジャー医学誌JBJS(The Journal of Bone and Joint Surgery)にも似たような論文がありました。

整形外科分野で感染を減らすための最新の知見です。


論文の目次は以下の通り。


  • 術前の準備
  • 抗生物質
  • 手洗い
  • 手術直前に術野に行うこと
  • 手術室の環境
  • その他



術前の準備



  • 術前の入浴は感染予防に有用。
  • 消毒はクロルヘキシジングルコネートを使うこと。


例えば足の骨折だと、骨折直後に手術するわけではありません。待機的に手術を行う場合、お風呂に入れないため、足にアカがたまります。他の部位でも同じです。だから、術前に足をブラシでゴシゴシ洗うのです。しかし、この論文では手術前に入浴できている患者の場合、ブラッシングはいらないと言っています。

ブラッシングに使う液体は消毒薬入りのものを使いますが、これもイソジンではなく、クロルヘキシジンアルコールがいいと。クロルヘキシジンの有効性は前回エントリ(消毒薬のパラダイムシフト NEJM -- Volume 362:18-26 January 7, 2010 Number 1 - メタノート)の通りです。



抗生物質



  • 抗生剤の予防投与は基本セファゾリン1g~2g、もしくはセフロキシム1.5で。セフェム系にアレルギーがある場合はクリンダマイシン600mgかバンコマイシン1gで。
  • 執刀の1時間前には投与すること。特にバンコマイシンは血中濃度がピークになる時間が遅いので早めに投与しなくてはいけない。
  • 手術開始から4時間経過したとき、1500ml以上出血した場合は抗生剤を追加する。
  • 抗生剤投与は術後24時間までとする。それ以上投与するのは無駄に耐性菌を増やすだけ。


抗生剤は手術後に2日も3日も使われているケースを見かけますが、これはあまりよくないと。AAOS(American Academy of Orthopaedic Surgeons)のガイドラインでも術後24時間ですね。



手洗い



  • クロルヘキシジングルコネートを使って、初めに大きな汚れを手洗いで落とし、爪の中の汚れもクリーナーで落とす。あとはアルコールを手に擦り込んで除菌する。
  • ブラシでごしごしするのは皮膚に傷を作るだけなので感染予防に良くない。


大学病院で教わった方法はまず消毒液を手にとって素手でゴシゴシ洗い、次にブラシを手にとって、これに消毒液を浸してゴシゴシ。これをさらにもう一回。最後にアルコールを手に擦り込んで終わり、という方法でした。結構時間かかります。これまでずっとそれでやってきましたが、一日に何件も手術がある場合とか、ブラシでゴシゴシしすぎると、手が荒れます。手に細かい傷ができていても不思議ではありません。

爪の中はアルコールを擦り込んでも綺麗にならないので、ブラシでゴシゴシするしかないと思います。

慣れ親しんだ方法ではありましたが、これを機に手洗いの方法を変える必要があるなと思いました。



手術直前に術野に行うこと



  • ブラッシングの時と同じで、使う消毒薬はイソジンではなく、クロルヘキシジンです。


ブラッシングの時に使う消毒薬も、術野の消毒の時に使う消毒薬も、実際にはまだまだイソジンを使っている施設が多いと思います。茶色いあのイソジンじゃないと消毒薬が塗れているかどうか分かりにくいから、と主張する医師もいます。その主張はわかるのですが、こうしてきちんと論文に書かれている以上、クロルヘキシジンを積極的に使っていくべきです。ウチの病院はなかなか変化を受け入れにくい体質なので、変えていくのが大変そうですが。。



手術室の環境



  • オペ室の滅菌、ハイスピードはきちんと消毒できていない場合がある。
  • 道(空気の通り道)が2つ以上、たくさんあるとそれだけ感染率も高くなる。
  • 研修医が2人以上脊椎の手術に入っていると感染率が高くなる。


手術室の環境は病院を建て替えない限りどうしようもない。手術室の中にいる人が多いほど、感染するリスクが高くなるとは。大学病院なんて研修医はいるわ、学生もいるわで感染にはあまりよくないんじゃないかと。



その他



  • 術後のドレーンは出血量を増やすし、必ずしもドレーンを入れなかった場合と比較して感染を減らすわけではない。だからドレーンは入れなくていいと主張する人たちもいる。それに出血量が増えると輸血をしなければならなくなり、輸血は感染のリスクを増やすという悪循環。
  • CDC(Centers for Disease Control and Prevention)によれば、術後のドレッシングは24時間から48時間はそのままでいい。3日間あけないという人たちもいる。
  • 抗菌薬入りのドレッシング剤は有用かもしれない。


ドレーンというのは手術後に手術部位に入れておくチューブのこと。ドレーンは入れなかったら術後管理は楽になるだろうなと思います。脊椎の手術は入れておかないと麻痺を作ってしまいそうで怖いですが。

手術後の包交(包帯交換)、一般にイメージされてるところの消毒ですが、これは毎日する必要ないと。



今回の論文は今を振り返る上でいろいろと勉強になりました。まずは今いる病院から変えていきたいなと思います。


なかなか一般の人にわかってもらうのは難しいかもしれませんが、手術前後の感染予防ってこんな感じなのです。


>>Perioperative Strategies for Decreasing Infection: A Comprehensive Evidence-Based Approach -- Bosco et al. 92 (1): 232 -- Journal of Bone and Joint Surgery


2010/01/14

消毒薬のパラダイムシフト NEJM -- Volume 362:18-26 January 7, 2010 Number 1


2009年には傷を治すのに、消毒薬を使わないということが驚きを呼ぶとともに話題になっていました。



たしかにできた傷を治すのに、今や整形外科でも消毒薬は使っていません。使っているのは生理食塩水、いわゆる食塩水です。大学病院なんかではいまだに消毒薬が使われてるみたい。だけど、傷は消毒しないというのはかなり広まっている話だと思います。

私もだいたいの傷は消毒せずに湿潤環境を保ちながら治療しています。


手術を始める前には消毒して、感染の予防に努めます。傷を治す場合とは話は別になります。

外科系の医師にとって手術に関連した感染というのは何が何でも避けたい合併症の一つだと思います。感染してしまうと、患者も苦しめるし、自分だって苦しくなる。なんとかして感染をなくしたいと常に考えています。

そして、多くの施設がこれまで、というか今も、術野の消毒にイソジンを使っています。茶色い液体です。


ところが今回見かけた論文には画期的な記載がありました。

これからは術野の消毒にイソジンではなく、クロルヘキシジンアルコールを使うべき、というものです。

この論文はクロルヘキシジンアルコールがイソジンに比べて術野の消毒に効果が高い、ということを示しています。The New England Journal of Medicineという権威ある医学雑誌に発表されています。

この結論は画期的でした。


論文では849人を対象にして、術後30日までの感染率をクロルヘキシジンアルコールとイソジンで比較しています。

クロルヘキシジン vs. イソジンの感染率の比較は


全体では、9.5% vs. 16.1%
表層の傷の場合、4.2% vs. 8.6%
深層の傷の場合、1% vs. 3%
さらに深い臓器が存在する場所では、4.4% vs. 4.5%


つまり、クロルヘキシジンとイソジンでは、感染予防にはクロルヘキシジンを使った方がいい(深い臓器が存在する場所以外だったら)ということです。


こんな明快な数字で語られるとは驚きでした。明日からの臨床ですぐに使える事実だと思います。

今までイソジンでべたべたに消毒しないと、どうしても十分な感染予防をした気になりませんでした。今回の論文を読んだ後でもその感覚は完全には抜けきれないのですが。。

習慣から抜け出すのは難しいものですが、こういう新しい知識は日々の臨床に反映させていかなければいけませんね。





傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)
(2009/06/17)
夏井睦

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