2010/04/05

守りの医療 - ディフェンシブ・メディシン




この話は外科医が治療(手術)に伴なうリスク、合併症のことについて患者さんに説明したところ、患者さんは合併症のことを重く考え、代替医療に走ってしまったというもの。

それに対して外科医は

確かに手術は人間が行うものなので絶対ではない。患者さんの立場なら、手術への不安から安全な治療、誤った療法を選んでしまうこともあるだろう。だが、患者さんはともかく、医療従事者だけは、不安な思いに対して“安全第一”が取り憑いた判断をしてはいけないと思う。
と自省している。


患者には安心を提供しなくてはいけない、という意味では同感。

「私にまかせておけば大丈夫。必ず治します。」

なんてかっこいいことを言ってあげたいなぁと思う。



でも、この外科医のとった言動は決して間違ったものではないとも思う。手術の説明ともなると、説明時間の半分以上を手術に伴なう合併症に費やしていたりするのが現実。

実際の臨床では理解してもらえるように、平易な言葉で患者さんに分かるように説明するよう心がける。すると患者さんは、うんうん頷きながら、「分かりました。」と言いながら聞いている。

しかし、どこまで話を理解しているのか怪しいところがあるのは確か。自分にとって不都合なことは頭の中に入ってこないというのは誰でもそう。患者さんと対面しているとよく分かる。

にもかかわらず、ほとんど起こらないけど、起きるかもしれないことの説明に時間を費やしている。保険会社みたいに紙を渡して、あとは自分で読んでください、なんて形式にしたらどうだろう。いい話だけ聞いてればいいから、患者さんも気が楽に違いない。



これはほんの一例だが、そのような過剰に防御的になる医療をディフェンシブ・メディシンというのだそう。

救急外来にきた患者で「胸が痛い」と言ったらほぼ全員に造影CTをやるとか、頭をぶつけたかもしれなかったら全員頭部CTとか。

こういうのもディフェンシブ・メディシン。なんでもかんでも検査しておけば、後で”何か”起きた時に役立つかもしれない。でも医療費はこうしてどんどんあがるわけだ。


実際にアメリカを例にとると、ディフェンシブ・メディシンの弊害は

ディフェンシブ・メディシンによる無駄な医療がどれだけ医療費を押し上げているかについてもいくつかの研究があるが、医療過誤の賠償金に上限を設けるなどの法的対策を講じていない州では、そのような法的対策を講じている州と比較して、医療費総額の5-10%が余計に消費されているのではないかと推計されている。
市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗には書かれている。

医療過誤に対して設ける法的対策というのはおもしろい。


すでに日本でもディフェンシブ・メディシンははびこっているけど、医療費が増え続ける原因の一つに増え続ける医療訴訟というのもあるのかもしれませんね。


市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗
(2004/10)
李 啓充

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2010/04/01

「市場原理が医療を亡ぼす」


深刻な医療格差を引き起こしているアメリカ。その原因には医療に市場原理が導入されていることがあるという。

利益を極端に重視した医療を行うとどうなるか予想するうえで参考になる一冊。


市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗
市場原理の導入が医療にもたらすもの、それは

  • 弱者の排除
  • 負担の逆進性
  • バンパイア効果
  • 市場原理のもとで価格が下がる保証がない
  • 質が損なわれる危険
である。


弱者の排除


市場原理のもとでは、購買力の乏しい人々が医療へのアクセスから排除される。特に、高齢者や低所得者。
アメリカには高齢者向けのメディケアや低所得者向けのメディケイドがあり、これらは税金でまかなわれている。まったく保険に加入できていない人は15%もいる(医療経営学 - メタノート)。(現在、オバマ大統領が医療保険改革を行い、無保険者をなくそうとしています。)

ところがメディケイドに加入していても、受けられる治療のレベルは民間保険会社のそれとは違う。メディケイドが税金で運用されているのに対して、民間の保険会社は被保険者からお金をたくさん集めることができるからだ。民間の方がいろいろな検査や治療ができる。

まして、市場原理のもとでは全く保険に加入していない人など病院から相手にされない。



負担の逆進性


貧乏で病気を数多く持っている人ほど保険料が高くなって、病院にはかかれなくなる。

企業を通じて団体割引で保険に加入している人は、大口顧客として割引価格で医療サービスを購入できるが、無保険者は定価で購入しなければならないとか。

これがまさに今のアメリカの保険制度だ。お金を持っていない人は必要な医療が受けられない。



バンパイア効果


地域にサービスの質を落としてでも価格を下げてマージンを追求する病院が出てきたらどうなるか。吸血鬼に噛まれたかのように、それまでサービスの質を追求していた良心的な病院が悪質な病院に変化していくのである。

経営状態は売上とか数字で評価できるものにしか現れないから、良心的であっても数字を良くするためにサービスの質を落とさざるをえないということ。



市場原理のもとで価格が下がる保証がない



価格がどちらにふれるかは、売り手と買い手の力関係で決まり、実際、医療をずっと市場原理に委ねてきた米国では、70-80年代は毎年10%を超える医療費上昇が続いた。

普通の市場だと需要と供給の最もバランスのとれたところで、価格も落ち着くのだろうが、医療の場合はちょっと違う。

例えば、医薬品は先行薬品に対して期間限定の特許が与えられている。ある期間は特定の製薬会社でしかその薬を作ることができないので、買い手に対して有利な立場にあると言える。要は製薬会社の言い値が売り値になるということ。



質が損なわれる危険


利益を上げるためには売上を増やすか、支出を減らすしかない。

例えば、患者あたりの看護師数を減らすことができれば、かかる人件費は少なくなるので病院の利益は増える。ところがそれでは患者満足度は下がる。ちなみに、看護師の受け持ち患者数が増えるほど、患者の死亡率が上がるというのは2002年のJAMAの論文で示されている。

それに利幅の大きい不要な検査や治療が横行する可能性もある。なんだかんだ理由をつけてレセプト審査の目をかいくぐることは不可能じゃないと思う。



市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗市場原理が医療を亡ぼす―アメリカの失敗
(2004/10)
李 啓充

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本書を読むと、医療制度に関してはアメリカよりも日本の方が弱者に優しいということがよくわかります。

お金をたくさん持っている人にとってはアメリカの方がいいのかなぁ。日本だと、名医と呼ばれる人に診てもらっても、そうでない人に診てもらっても、同じ料金です。その点アメリカでは違います。人気の医師はすごいお金を稼いでいる。まあ、名医の定義については議論の余地がありますが。。マスコミによく出る有名な医者が名医とは限りませんよ。

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