2009/08/28

手首の骨折(橈骨遠位端骨折) 最近の知見


ここで紹介する論文はアメリカでの調査なのですが、日本の今後というか現状にもあてはまりそうだったので読んでみました。

手関節(手首)の骨折は日常診療でもよく見かけます。common diseaseならぬcommon fractureだと思います。





手関節の骨折は伝統的に手術でない治療、つまり徒手整復とギブスによる治療が行われてきた。

現在もその傾向は変わらないが、2000年ころから手術による治療が増えてきた。

それはロッキングプレートという、骨どうしを強固に固定できるシステムが開発されるようになってきたからだ。これにより多少骨がすかすかな骨密度の低い高齢者にもプレート固定ができるようになった。

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実際に手関節の骨折で手術になった人の割合は1996年には3%だったのが、2005年には16%になっている。

まだまだギブス治療の方が多いが、今後さらに手術となる症例が増えるかもしれない。

奇妙に思われるかもしれないが、手術で治療するかギブスで治療するかは、骨折型による厳密な区分けよりも治療にあたる医師の裁量による。

どちらの治療法を選択しても直すことはできるからだ。要はどこまでの機能を求めるかという点にある。

手の外科を専門とする整形外科医なら手術治療でよりよい手関節機能再建を求めるだろう。しかし、そうでない整形外科医はあえて手術治療を選択しなくても、そこそこの手関節機能が得られるギブス治療を選ぶというわけだ。

したがって今後もギブスによる治療がなくなることはなさそうだが、ロッキングプレートという新しいデバイスは手関節骨折の治療に新たな風を巻き起こした。



もう一つ最近の論文でこれに関連したものがあったので一緒に紹介しておきます。




これによると手関節の骨折を手術で治した結果と、ギブスで治した結果は1年後の経過では機能(手首の動きとか)の面では特に差はなかったとのことです。

受傷、手術して1か月半とか2カ月の時点では手術治療を行った方が手首の動きの面からも患者満足度が高かったと書かれています。

若い人で、仕事やスポーツに早期に完全復帰したい人は手術治療を選択した方が良さそうですね。
お年寄りで別に治ればいいです、って人はギブスで治してもらうといいのかもしれません。

注意しておきますが、もちろんどっちの治療を選ぶにしても治療する人の腕に左右されますからね。




2009/08/11

Vertebroplasyは効果がない!?腰痛治療にがっかりな結果。


若田光一さんが宇宙から帰ってきて間もないですが、帰国後、骨粗鬆症を心配するニュースがありました。

宇宙は無重力空間ですから、地球上で意識せずにかかっているはずの重力が身体にかかりません。

人間の骨は破壊と生成を絶えず繰り返していますが、無重力空間だとこのサイクル遅くなります。そうすると、骨密度が低くなり、骨粗鬆症となります。

この病態は通常高齢者に多くみられるものです。骨粗鬆症がひどいと、脊椎が圧迫骨折を起こします。高齢者の背中が丸くなっているのは症状の有無にかかわらず圧迫骨折を起こしているからです。

脊椎の中でも腰椎や胸椎の下の方でよくこの圧迫骨折が起きます。

圧迫骨折の治療は通常、痛み止めを使いながらつぶれた骨が固まってしまうのを待ちます。痛みはかなりひどいことが多いので、体幹コルセットやカルシトニン類似の注射などを使うこともあります。
他にはVertebroplastyという1990年代から注目されてきた治療法があります。

日本ではどこの病院でもやっている治療法ではありません。どんな方法かと言うと、

The treatment, vertebroplasty, injects an acrylic cement into bones in the spinal column to ease the pain from cracks caused by osteoporosis, the bone-thinning disorder common in older people.

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と脊椎の中に医療用のセメントを注入して骨を固めてしまうという方法です。


Doctors began performing it in this country in the 1990s, patients swore by it ― some reporting immediate relief from terrible pain ― and it soon caught on, without any rigorous trials to determine whether it really worked.

これで腰痛がよくなると言われてきました。日本だとあまり一般の整形外科ではやっていませんが、ペインクリニックなんかでは行っているようです。


今回のこのニュースはこの治療法を否定する内容になっています。

The studies of vertebroplasty, being published Thursday in The New England Journal of Medicine, found it no better than a placebo.

このネタの出所は「The New England Journal of Medicine」という権威ある医学雑誌です。

The researchers prepared cement even during the sham procedure, so patients would smell it and imagine they were receiving it. The Americans assessed the patients one month later, and the Australians at one week and at one, three and six months.

対照群ではセメント注入と同じ手技でセメントの香りまで演出して患者に体験させています。

Vertebroplasty failed the test in both studies. The treated patients and the control group each had pain relief, but there was no difference between them.

結果、対照群でも痛みがとれたと。プラセボ効果ですね。セメントを注入してもプラセボでもどちらも同じくらい痛みがとれるのではセメントを注入した方がいいということにはならないですね。

これは衝撃的な結果でした。痛みに対する治療というのは本当に難しいものだと思います。





2009/08/07

ファッションと腰痛


腰痛予防に役立つ記事があったのでご紹介。

靴について

  • ハイヒールはやめて履き心地のいい靴を
  • せめて通勤時は履き心地のいい靴を。そしてオフィスに着いたらスタイリッシュな靴に履き替えて。
  • できれば支持性のある靴がいい。クッションの入った。その方がいい姿勢を保つのにいいから。土踏まずのあるきちんとした靴、でなければ中敷きを利用するとよいということだろう。
衣服について

  • 服も快適なものを。窮屈な服はいい姿勢をとるのに不適。

カバンについて

  • ハンドバッグの中身をできるだけ取り出してなるべく軽くすること。
  • バッグは長くて幅広のストラップがついたショルダーバッグにし、これを身体を横切らせるようにしてかける(メッセンジャースタイル。)
  • メッセンジャースタイルができないなら、時々右、左、とバッグをかける肩を入れかえること。
  • 荷物が重くても、姿勢はまっすぐ。猫背にならないようにすること。


Fashion and Back Pain 
Your Huge Handbag May be Stylish, But is It Worth the Pain? 
Kelly Rehan Medical Writer SpineUniverse Wheaton, IL 


2009/08/05

医療問題



本書は日本の医療制度と2006年の医療改革を中心に書かれていますが、今の医療制度を理解するのにも役立ちます。


先日、診療報酬の不正請求をめぐる詐欺容疑で摘発された山本病院ですが、今回はこのニュースと関係の深い診療報酬制度のことについて書いてみます。


ベーシック 医療問題 (日経文庫)ベーシック 医療問題 (日経文庫)
(2006/11)
池上 直己

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まずは医療費負担のこと


国民医療費は約31兆円ですが、それは誰が負担しているのでしょうか。

簡単に分けると、企業、国、病院にかかった本人です。これらがどれくらいの割合で負担しているのかを調べてみると、その内訳は保険料が15兆円、自己負担が5兆円、税金が10兆円となります。つまり、保険者が約半分、税金が約35%、医療をうけた人が15%を負担しています。

税金や自己負担は分かりやすい財源ですが、保険者というのはなんでしょうか。保険者が全体の約50%も負担しています。

保険者といのは企業や学校などが運営する組合健保や共済組合、中小企業を助けるために政府が運営している政府管掌健康保険組合(政管健保)、自営業者は無職の人々のためにある国民健康保険(国保)などです。(政管健保は2008年10月に全国健康保険協会が運営する協会けんぽに変わりました。)

これらの組合が保険料の一部を負担しています。

組合健保であれば、企業が保険者負担分の全てを負担します。政管健保にはそこまでの経済的な余力がないので国がある程度補って負担します。医療費全体の14%です。国保は負担してくれる組織がないので、すべて国が負担することになります。医療費全体の50%です。

国保の場合は医療費の85%が国からの財源でまかなわれていることになりますね。

定年退職した高齢者が多くなればなるほど国保加入者が増えるので、政府の負担が増えます。だからなんとかして退職者の分の保険料も組合健保に負担してもらおうと躍起になるわけです。


医療費負担と診療報酬との関係


どうして政管健保や国保では政府が補てんしないといけないのでしょうか。

それは、医療行為や薬価が決められた額に設定されていることが大きく関係しています。国民一人一人の負担割合が決まっていることも原因の一つです。政管健保や国保では自己負担で足りなかった分を企業が負担してくれないので、かわりに政府が負担してあげる必要があるのです。

アメリカのように保険者が自由に価格を設定すると、保険者により受けられる医療に差が出ます。お金のある人ならこれでいいでしょうが、ない人は大変です。生活困窮者はただでさえ病気になりやすいのに、早めに病院にかかれなかったら病状が悪化してから病院に運ばれるという事態になります。病院内で最もコストがかかるのは急性期医療ですから、お金がない人に対して優しくない医療制度は医療費高騰の原因にもなります。また、病院としてもこれらの患者からはきちんと医療費を支払ってもらえないでしょうから、経営が圧迫されることになります。

定められた医療の価格のことを診療報酬(レセプト)と言います。日本では教授が行った治療も、研修医が行った治療も同じ行為であれば、同じ額しか支払われません。診療報酬制度に基づいているからです。価格が定められていれば、ある程度総医療費もコントロールできるはずです。



不正請求事件の病院に月2千万円売り上げ、詐欺容疑業者



では、つい先日のこの事件はどうして起きたのでしょうか?

診療報酬明細(レセプト)ですが、これは病院で作られた後、厚生労働省の諮問機関である中医協の審査にまわります。そこで有識者によるチェックを受けてOKなら診療報酬が支払われます。

チェックといっても有識者がきちんと目を通すことがきるレセプトの数には限りがあります。膨大な量のレセプトに少ない数の審査員が全て目を通すのは無理な話です。これは容易に想像がつきます。ということは、ある程度チェックの目をすりぬけたレセプトが認められ、診療報酬が支払われることになります。また、レセプトは紙、もしくは電子システムです。いずれも入力するのは人間ですから、恣意があればいくらでも改ざんできます。それがチェックする人の目をすり抜けると、今回の山本病院のような不正請求につながります。


日本の医療制度における診療報酬制度は国民に平等な医療を提供する、医療費をコントロールするという意味では立派な仕組みかもしれませんが、今回のように不正請求をすり抜けてしまうという脆い一面も持っているということです。


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