2010/01/17

感染撲滅は外科医の悲願 JBJS (American). 2010;92:232-239.


手術に関連した感染をいかにして減らすか。

繰り返しになりますが、術後に感染することほど悲惨なことはありません。前回エントリ(消毒薬のパラダイムシフト - メタノート)と近い話題ですが、整形外科のメジャー医学誌JBJS(The Journal of Bone and Joint Surgery)にも似たような論文がありました。

整形外科分野で感染を減らすための最新の知見です。


論文の目次は以下の通り。


  • 術前の準備
  • 抗生物質
  • 手洗い
  • 手術直前に術野に行うこと
  • 手術室の環境
  • その他



術前の準備



  • 術前の入浴は感染予防に有用。
  • 消毒はクロルヘキシジングルコネートを使うこと。


例えば足の骨折だと、骨折直後に手術するわけではありません。待機的に手術を行う場合、お風呂に入れないため、足にアカがたまります。他の部位でも同じです。だから、術前に足をブラシでゴシゴシ洗うのです。しかし、この論文では手術前に入浴できている患者の場合、ブラッシングはいらないと言っています。

ブラッシングに使う液体は消毒薬入りのものを使いますが、これもイソジンではなく、クロルヘキシジンアルコールがいいと。クロルヘキシジンの有効性は前回エントリ(消毒薬のパラダイムシフト NEJM -- Volume 362:18-26 January 7, 2010 Number 1 - メタノート)の通りです。



抗生物質



  • 抗生剤の予防投与は基本セファゾリン1g~2g、もしくはセフロキシム1.5で。セフェム系にアレルギーがある場合はクリンダマイシン600mgかバンコマイシン1gで。
  • 執刀の1時間前には投与すること。特にバンコマイシンは血中濃度がピークになる時間が遅いので早めに投与しなくてはいけない。
  • 手術開始から4時間経過したとき、1500ml以上出血した場合は抗生剤を追加する。
  • 抗生剤投与は術後24時間までとする。それ以上投与するのは無駄に耐性菌を増やすだけ。


抗生剤は手術後に2日も3日も使われているケースを見かけますが、これはあまりよくないと。AAOS(American Academy of Orthopaedic Surgeons)のガイドラインでも術後24時間ですね。



手洗い



  • クロルヘキシジングルコネートを使って、初めに大きな汚れを手洗いで落とし、爪の中の汚れもクリーナーで落とす。あとはアルコールを手に擦り込んで除菌する。
  • ブラシでごしごしするのは皮膚に傷を作るだけなので感染予防に良くない。


大学病院で教わった方法はまず消毒液を手にとって素手でゴシゴシ洗い、次にブラシを手にとって、これに消毒液を浸してゴシゴシ。これをさらにもう一回。最後にアルコールを手に擦り込んで終わり、という方法でした。結構時間かかります。これまでずっとそれでやってきましたが、一日に何件も手術がある場合とか、ブラシでゴシゴシしすぎると、手が荒れます。手に細かい傷ができていても不思議ではありません。

爪の中はアルコールを擦り込んでも綺麗にならないので、ブラシでゴシゴシするしかないと思います。

慣れ親しんだ方法ではありましたが、これを機に手洗いの方法を変える必要があるなと思いました。



手術直前に術野に行うこと



  • ブラッシングの時と同じで、使う消毒薬はイソジンではなく、クロルヘキシジンです。


ブラッシングの時に使う消毒薬も、術野の消毒の時に使う消毒薬も、実際にはまだまだイソジンを使っている施設が多いと思います。茶色いあのイソジンじゃないと消毒薬が塗れているかどうか分かりにくいから、と主張する医師もいます。その主張はわかるのですが、こうしてきちんと論文に書かれている以上、クロルヘキシジンを積極的に使っていくべきです。ウチの病院はなかなか変化を受け入れにくい体質なので、変えていくのが大変そうですが。。



手術室の環境



  • オペ室の滅菌、ハイスピードはきちんと消毒できていない場合がある。
  • 道(空気の通り道)が2つ以上、たくさんあるとそれだけ感染率も高くなる。
  • 研修医が2人以上脊椎の手術に入っていると感染率が高くなる。


手術室の環境は病院を建て替えない限りどうしようもない。手術室の中にいる人が多いほど、感染するリスクが高くなるとは。大学病院なんて研修医はいるわ、学生もいるわで感染にはあまりよくないんじゃないかと。



その他



  • 術後のドレーンは出血量を増やすし、必ずしもドレーンを入れなかった場合と比較して感染を減らすわけではない。だからドレーンは入れなくていいと主張する人たちもいる。それに出血量が増えると輸血をしなければならなくなり、輸血は感染のリスクを増やすという悪循環。
  • CDC(Centers for Disease Control and Prevention)によれば、術後のドレッシングは24時間から48時間はそのままでいい。3日間あけないという人たちもいる。
  • 抗菌薬入りのドレッシング剤は有用かもしれない。


ドレーンというのは手術後に手術部位に入れておくチューブのこと。ドレーンは入れなかったら術後管理は楽になるだろうなと思います。脊椎の手術は入れておかないと麻痺を作ってしまいそうで怖いですが。

手術後の包交(包帯交換)、一般にイメージされてるところの消毒ですが、これは毎日する必要ないと。



今回の論文は今を振り返る上でいろいろと勉強になりました。まずは今いる病院から変えていきたいなと思います。


なかなか一般の人にわかってもらうのは難しいかもしれませんが、手術前後の感染予防ってこんな感じなのです。


>>Perioperative Strategies for Decreasing Infection: A Comprehensive Evidence-Based Approach -- Bosco et al. 92 (1): 232 -- Journal of Bone and Joint Surgery


2010/01/14

消毒薬のパラダイムシフト NEJM -- Volume 362:18-26 January 7, 2010 Number 1


2009年には傷を治すのに、消毒薬を使わないということが驚きを呼ぶとともに話題になっていました。



たしかにできた傷を治すのに、今や整形外科でも消毒薬は使っていません。使っているのは生理食塩水、いわゆる食塩水です。大学病院なんかではいまだに消毒薬が使われてるみたい。だけど、傷は消毒しないというのはかなり広まっている話だと思います。

私もだいたいの傷は消毒せずに湿潤環境を保ちながら治療しています。


手術を始める前には消毒して、感染の予防に努めます。傷を治す場合とは話は別になります。

外科系の医師にとって手術に関連した感染というのは何が何でも避けたい合併症の一つだと思います。感染してしまうと、患者も苦しめるし、自分だって苦しくなる。なんとかして感染をなくしたいと常に考えています。

そして、多くの施設がこれまで、というか今も、術野の消毒にイソジンを使っています。茶色い液体です。


ところが今回見かけた論文には画期的な記載がありました。

これからは術野の消毒にイソジンではなく、クロルヘキシジンアルコールを使うべき、というものです。

この論文はクロルヘキシジンアルコールがイソジンに比べて術野の消毒に効果が高い、ということを示しています。The New England Journal of Medicineという権威ある医学雑誌に発表されています。

この結論は画期的でした。


論文では849人を対象にして、術後30日までの感染率をクロルヘキシジンアルコールとイソジンで比較しています。

クロルヘキシジン vs. イソジンの感染率の比較は


全体では、9.5% vs. 16.1%
表層の傷の場合、4.2% vs. 8.6%
深層の傷の場合、1% vs. 3%
さらに深い臓器が存在する場所では、4.4% vs. 4.5%


つまり、クロルヘキシジンとイソジンでは、感染予防にはクロルヘキシジンを使った方がいい(深い臓器が存在する場所以外だったら)ということです。


こんな明快な数字で語られるとは驚きでした。明日からの臨床ですぐに使える事実だと思います。

今までイソジンでべたべたに消毒しないと、どうしても十分な感染予防をした気になりませんでした。今回の論文を読んだ後でもその感覚は完全には抜けきれないのですが。。

習慣から抜け出すのは難しいものですが、こういう新しい知識は日々の臨床に反映させていかなければいけませんね。





傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)
(2009/06/17)
夏井睦

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